しおりビルヂング

趣味ブログ。本を紹介したり、ガジェット紹介したり。マーケティング、投資、ビジネス、統計、数学についても解説したりもします。

野崎まど「know」

最近分からないことがあれば、手元のスマホですぐに調べられます。
昔の人はいちいち図書館に行って調べたりと、とても時間がかかったことが今は一瞬で調べられます。
 
だからこそネットをちょっと調べたらわかるような情報にはもうあまり価値は無いのかもしれない。
 
最近は雑誌もネットにはない情報を必死に集約し、読者へと価値を提供している。
グルメ雑誌だって、食べログに負けまいと必死なのだ。
 
このブログはネットの海に漂う情報の一部ですが
過去のネット上には漂っていない情報や価値の提供を目指したいものです。
 
さて、今回紹介する本は小説です。
野崎まどー「know」
know (ハヤカワ文庫JA)

know (ハヤカワ文庫JA)

 

 

野崎まど作品は大体読んでいるし、さらにいつでもkindleで読める私ですが

この本は本当におすすめです。
 
「アムリタ」から「2」に至る一連の本もお勧めで、どちらにしようかなと悩みましたが
今回は「know」を紹介します。
 
 
 
ここから先は強烈なネタバレを含みますので、ネタバレは嫌だという人は引き返してください。
 

物語について

この本の舞台は未来の京都。
ざっくり言うと、電子葉というものを持つ、皆が脳の中にグーグルを持っているような世界です。
分からないことがあればすぐに脳内でググれるし、メールだって地図だって脳内で展開出来ます。
そんな世界にあっては「知る」という概念が大きく変わります。
調べたらわかることは全て「知っている」のです。
「最初から知っている」と「調べて知る」といのうはほぼ同義ということになります。
 
ただこの世界でも情報の格付けがされていて、一般人がググったら出てくる情報から、総理大臣クラスしか知り得ない情報まで、その人の社会ステータスによってアクセスできる情報が限定されます。
 
主人公の「連レル」は内閣府情報庁のエリートであり、かなりの情報にアクセスできます。
一方ヒロインの「知ル」は、電子葉を発明し失踪した京都大学教授が育てた、全ての情報にアクセスできる少女です。
 
そんな「全知」に近い彼女ともう一人、全知に近い人間が出てきます。
それが電子葉の開発会社アルコーンCEO「照ル」。
でも、彼らのような人たちでも知り得ないことはあります。
それが神護寺にある曼荼羅とその概念や、京都御所のに存在する古代日本に関する書物であったりです。
 
そんな全知にもっとも近いヒロインの彼女が知りたいこと、それは「死後」についてです。
 
死とは情報のブラックホール化なのだ
死が情報のブラックホールなら、この事象の地平線の向こうには崩壊が待っている。だけれどその先には、もう一つの別の可能性が存在する。数学的なブラックホールの解。アインシュタインーローゼンブリッジ、別次元へ繋がるワームホール。
最終的には「知ル」と「照ル」の全知に近い二人が高度な知の戦いを行い、「知る」は死にます。

そして物語はエピローグへ

 その「知ル」が知りたかった、死後の世界がどのようなものなのか、明確に語られませんが
エピローグの少女の話しぶりから想像できます。
死んだ後のことなんて、子供でも知っているよ
 
ここで物語は終わります。
 

知るーknowへの欲求が人類を進化させてきた

 
この物語のテーマはタイトルどおり「知る」でしょう。
 
過去人類は色々なことを知りたいと思い、英知を集めました。
それにより知識を持たない過去の人々にとれば不可能だと思われるようなことも成し遂げています。
人類は空を自由に飛び、星々を目指して地球から出て、手元の端末には沢山の情報が集まります。
 
過去人々は鳥はどうやって空を飛んでいるのか知りたいと思ったし、宇宙はどうなっているのかを知りたかった。
 
それは昔の人たちの知りたいという欲求が無ければ成し遂げられませんでした。
 
我々はまだ死後の世界について知りません。
人類が本当に全知を手に入れた時に、死後の世界についても支配することはできるのでしょうか。
 
ソクラテスは無知の知を説きましたが、そもそも「全知」とは矛盾を孕んだ言葉です。
全知の者に「お前が知らないことを教えてくれ」と尋ねると、答えようが答えられまいが矛盾します。
 
今回のヒロイン「知ル」は全知に近い存在でありながら、はっきりと自分が知らないことー死後の世界についてーを認識していました。
 
もしかすると「全知」とは、かつてソクラテスが言ったような「知らないことを知っている人」なのではないかと思うこの頃です。
 
話は逸れましたが、この本は野崎まどの傑作だと思います。
ぜひ読んでみてください。